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苦心の作「脱着式ギブス」が一発でM先生にバレてしまい、またギブスを巻き直されることになって、シュンとしてしまった僕。
今度は「おイタ」しないようグルグル巻きにされることを覚悟していたら、意外にも最初巻いた時よりずいぶんとヒジ・手首とも自由度が大きい巻き方をしてくれたM先生。
ありがとう。でも‥‥‥オレに惚れちゃぁいけねえぜ!?
実はあとでわかった事だが、この「脱着式ギブス」の一件で、M先生の中では僕は"言うことを聞かない悪い患者"という印象がつよ〜く植えつけられてしまったらしい。まぁ、ちょっとワルな男に惚れてしまうM先生の気持ちもわかるが‥‥‥(←だから惚れてなんかいねーってば!)
で、このあとは小さめのギプスのおかげで左腕もけっこう使うことができ、順調に回復。
そして当初の目標どおり、手術後約1ヶ月が経過した9月15日に栃木県霧降高原で行われた関東選手権トライアルに出場、なんと国際B級クラス2位に入ってしまったのだ!!
それにしても、われながら驚異的な回復力‥‥‥ていうか、セクションが易しめで早回りしたのが功を奏したっていうのもあったんだけど、今考えると「無茶したなぁ」って思うねぇホント。良い子の皆さんは真似しないでくださいね!?
もちろんこの時大会に出るなんてことはM先生にはナイショ。もしバレたら、先生気絶しちゃいそう!?!?
でもM先生、完全に治った時にしみじみと「ちゃんとくっついて良かったわねぇ小坂さん。尺骨って動かすとくっつきにくいから心配してたのよ」と本音をポロリ。
ギブス勝手に外したりして、ご心配をおかけしました。先生の処置が良かったので、多少無理してもちゃんと治ったのだと思います。ありがとうございました。
そしてその後、10月には全日本にも復帰。その復帰戦の第1セクションで見事一人目のクリーンをたたき出し、完全復活をアピール!!‥‥‥したものの、例によってそれで燃え尽きてしまったかのようにその後は良い所がなく、復帰戦でポイント獲得、という訳にはいかなかった。さすがは「万年B級」の面目躍如、といったところか???
これはその関東選手権復帰戦でいただいた賞状。
商品でもらったトロフィーとか賞状は、あまり大事にしていなくて
大部分捨てちゃってたりするのですが、この時のものは
自分でもよく頑張ったと思うので、ちゃんととってあります。
そんな感じで、M先生はじめM整形外科の皆さんのおかげで、なんの後遺症もなくすっかり回復した僕は、当初の術後一年半でプレートを取り外す予定を少し早め、’98年の1月初めに再びM整形外科に入院することにした。
プレートを外すのもやはり全身麻酔での手術。ってことは、また「チン管」入れられるわけね。
いいでしょう、もう「男の美学」なんかにはこだわりません。どうぞご自由にお入れください。
ことわっておきますが、僕は「男の美学」を捨てたわけではありませんからね。入院してる時にそんな事にこだわってられないってことですから、そこんとこ夜露死苦!?
やはり全身麻酔での手術ということで、最低でも1週間は入院するのが普通だが、例によって「貧乏ヒマなし」な僕は無理を行って4日間の入院で済ますことにした。
そして1998年1月12日、僕は再びM整形外科に入院したのだった‥‥‥。
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