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手術の四日後、早くも退院の日がやってきた。
通常はオペ後一週間で抜糸して、その次の日退院というのがパターンなのだが、"貧乏ヒマなし"の自営業の身としてはのんびり休んでいる訳にもいかないので、しばらくの間は毎日通院するという条件つきで異例の早期退院となったのである。この日の回診はちょうどM先生の担当日だった。
「今日退院ね。じゃあギブスしますからね。」
僕の所へやってきたM先生、そう言っておもむろに左腕にギブスを巻き始める。
「え、ギブスしちゃうんですかぁ?」
そんな話聞いてなかったよ、とばかりに不服そうに言う僕にM先生はやさしい口調でこう説明した。
「この尺骨っていうのは、手を動かすとねじられたりいろんな力がかかるところだから、しっかり固定しておかないとちゃんとくっつかないのよ、小坂さん」
はいわかりました先生。もう絶対動かないようにグルグル巻きにしちゃってください、ええ。M先生にそんな風に言われると、なんでも言う事聞いちゃう僕。ついでにロープでグルグル巻きに縛ってぇ!なんてね(←だからそういう趣味はないってば)。
ちょっと前まで"ギブス"っていうと石膏で固めるイメージがあったんだけど、今では、水と反応する硬化剤を含ませた包帯状の"ギブスの素"を、水に浸してから巻くだけであっという間にできあがり。やっぱ世の中進んでるよね。
「先生、抜糸の時、このギブスどうするんですか?」
回診にくっついてまわっている看護婦さんの一人が、グルグル巻きの最中のM先生に質問した。
「キズの部分だけ切って窓をあければ抜糸できるから大丈夫よ」
そう言ってM先生はギブスが固まるのを待ってから、キズのある位置の上にマジックで印をつけた。
実はこの看護婦さんとM先生の会話、僕はうわのそらでしか聞いていなかった。
「まいったな、こんなにガッチリ固定されたんじゃ何もできないよ‥‥‥」
ヒジをほぼ直角に曲げた状態で、上腕部の真ん中あたりから親指の付け根までギブスで固められた僕の左腕は、できの悪いロボットのように可動範囲が限られてしまっていたのである。
M先生にやさしい口調で説得されて一度は納得したものの、いざギブスを巻かれると僕はまた悩んだ。こんな状態じゃ、退院してもアルミ溶接とかの仕事なんか、とてもできやしない。それにギブスで固定すると、あっという間に筋力が落ちてしまい、ケガする前の状態に戻るまでに時間がかかってしまう。こっちの方が大きな問題だった。
そう、この時僕は自分の中で勝手に目標を立てていたのである。それは、9月15日の関東選手権トライアルに出場する、というものだった。
手術から一ヵ月で復帰するというのは、常識的に考えるとちょっと無理がある。そうとは思ったが、僕はとりあえずそれを目標に頑張ってみることにした。
ダメだったらそれはそれで仕方ないけど、とにかく前向きの気持ちを強く持つことが早い回復につながるはずだと考えたからである。
しかし、ギブスは予定外だった。プレートで固定してあるからギブスはしないはずだと勝手に思い込んでいたのだ。これで目標達成はかなり難しくなっただろう―――僕は少し落ち込んだ気持ちで退院することになった。
「ギブス」といえば、思い出すのはコレ↓
(C)梶原一騎・川崎のぼる
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