|
アムラー看護婦の限りなく反則に近い攻撃を受け、スパイ映画さながら、まさに危機一髪のところでベテラン看護婦さんのおかげで男の美学を守り抜くことができた僕だったが、いよいよオペの時間が近づいてきた。
手術室に入る約30分前に、予備麻酔の注射を肩にされるのだが、これがかなり痛い。筋肉注射なので針を刺した後に液を注入される時、グワーッとくるのだが、これもあのアムラー看護婦の点滴針攻撃の痛さにくらべたら屁でもなかった。
そしていよいよベッドごと3階にある手術室へ運ばれる。初めて入った手術室はとても広く、なんだか閑散としているように感じた。大勢のスタッフの姿が見えるが、みんなマスクと帽子で顔をほとんど隠しているので、誰が誰だかよくわからない。
初めての手術ということで、さすがの僕も緊張していた。正直言って少し怖い。
「コワイわ、やさしくし・て・ね」 って感じ?(←オヤジが言うと気持ちわりーんだよ!)
現代の医学をもってしても、麻酔の事故で意識が戻らなくなってしまう可能性が、ほんの僅かの確率ではあるが、ないとは言えないらしい。だからその辺のことは手術前に主治医からきちんと説明された上で、承諾書に署名することになっているのだ。
心電計のセンサーらしきものが体のあちこちに取り付けられ、準備完了。いよいよオペ開始だ。
右足の点滴針から麻酔液(?)が注入され、顔に当てられたマスクから出る気体を大きく吸い込むと、ほんの数秒で僕は意識を失っていた‥‥‥。
「小坂さーん、手術終わりましたよ」
M先生の声で、僕は麻酔から覚めた。ああ、手術は無事終わったんだな、とホッとする。まだ意識はもうろうとしているが、左腕の強い痛みはハッキリと感じる。腸骨を削り取った左の腰も少し痛い。そして猛烈に寒い。歯がガチガチ鳴ってしまう。「寒い」って言おうとするのだが、麻酔のせいでろれつが回らなくってうまくしゃべれない。
看護婦さんが「寒い?」と聞いてきたのでうなずくと、用意してあった電気毛布を入れてくれた。
オペ後寒くなることはよくあるようだ。まぁ、ほとんど裸同然の恰好だしね。
しばらくすると寒さはおさまったが、左腕の痛さはあいかわらず強烈だ。だけど耐えてやる、それが男の美学ってもんだ。だけど痛い。
看護婦さんが「痛み止めの薬、出しましょうか?」と聞くので少し悩んだが、この際痛み止めの薬を使用するのは男の美学として問題はないだろうと判断し、うなずいた。
すると看護婦さんは「じゃ、お尻出して。座薬入れるから」だって。
なにぃ、座薬?ケツの穴から入れるのか!?それは絶対ダメだ、男の美学に反する。
「いいや、やっぱりガマンする」と僕は断った。
しかしやはり痛い。アムラー看護婦の点滴針攻撃よりずーっと強烈だ。痛さを表示するメーターの針がレッドゾーンに入ったまま動かない、そんな感じ。この際男の美学を捨てて座薬入れてもらうか‥‥‥いや、それはダメだ!ここまで守り抜いてきたんじゃないか、あと少しの辛抱だ。耐えぬくんだ!
そう思いながら、どれくらいの時間痛さと戦っていただろうか。痛みはおさまる気配をまったく見せなかった。もう限界だ。しかたない、この際座薬を入れてもらおう‥‥‥って、待てよ、そうか!看護婦に入れてもらわないで自分で入れればいいんだ!
男の美学を貫くための最後の抜け道を見いだした僕は、すぐにナースコールで座薬を持ってくるよう頼んだ。そして、「自分で入れられるの?だいじょうぶ?」と心配そうな看護婦から座薬を受け取ると、手さぐりで挿入(←なんていやらしい言葉なんだ^^;)を試みる。そして「あへっ」と、見事に挿入完了!
しばらくすると、座薬の効き目が現れてきた。僕は、男の美学を貫き通すことができた満足感につつまれながら、深い眠りに落ちてゆくのだった‥‥‥。
しかし現実とは非情なものである。この時すでに『男の美学』は、あまりにも無残な形で打ち砕かれてしまっていたという事実に、僕はまだ気づいていなかったのだ‥‥‥。
|
|
|