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Man-B's History 
Man-Bの入院日記

- Man-B's History -

 Man-B(マンビー)、それは万年B級の略
'80年代後半から'90年代前半にかけての全日本選手権トライ
アルにおいて、毎年のようにあと少しのところで国際A級昇格を
逃していた私(TWK店主・小坂政弘)のことを、人はそう呼んだ
(・・・っていうか、自嘲を込めて自らそう名乗っていたかも?)。
このページは、そんな「バイク馬鹿」な一人の男の生きざまを
綴った履歴書である―――なんちゃって!?
初めてのバイク・ハスラー250と16歳(童貞)の私

1995年 モチベーションの低下と悲しい出来事
1995年、ゼッケン16番を付けて「'95 BETA Techno」に乗り全日本を転戦するも、10位前後入賞とノーポイントの試合を繰り返し、最終的にランキング20位近辺の“定位置”でシーズンを終えることになる。

前年はYAMAHAからBETAに乗り換え、やる気満々でシーズンに臨んだものの気合いばかりが空回り、という感じだった。そしてこの年は、長年全日本選手権を転戦してきた疲れが出た、といった感じで、今振り返るとモチベーションがかなり低下してしまっていたように思う。

ほとんどの大会でセクショントライ待ちの渋滞が発生し、残り時間が少なくなってくる3ラップ目にA級集団の2ラップ目に追いついてしまい、持ち時間内にゴールするためには何セクションかエスケープして集団の前に出なければならないというパターンの繰り返し。じっくりと下見をしてからセクションにトライするという自分のスタイルを変えられない私は不完全燃焼の連続。

そんな日々の中、前年のサンシャイントライアルに続いてツーリングトライアル「龍泉洞二日間トライアル」に参加するが、その大会一日目に仲間を事故で失うという悲しい出来事が起こってしまう。

この日以来、私はツーリングトライアルに一度も出ていない。

‥‥‥というわけで、この年は、それまで「A級返り咲き」という目標に向かって脇目も振らずに突っ走ってきた私の中で、何かが消えてしまった‥‥‥そんな一年だったような気がする。

写真は、岩手県の室根山で開催された全日本選手権東北大会でのワンショット。この会場は一つの山全体がコースになっているような雄大な場所で、好きな会場の一つでした。
写真を見てわかるようにブレストガードを装着していますが、これは、岩場等危険な場所を走るわりにプロテクションの手薄なトライアル界の常識に一石を投じようと考えてやってみたスタイルだったのですが、反響はまったくなく、この年限りで終了となりました(^_^;)。

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